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福岡地方裁判所小倉支部 昭和61年(ワ)541号 判決

原告

原口幹博

ほか一名

被告

田邉孝士

主文

一  被告は原告原口幹博に対し金九〇万三七八二円、同岩本武彦に対し金四七万五八四五円及びこれらに対する昭和六一年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告原口幹博に対し、金二二七万七五〇六円、同岩本武彦に対し金九五万五四一〇円及び各金員に対する昭和六一年六月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは次の交通事故により受傷した。

(一) 事故発生日時 昭和六〇年八月三日午後一〇時二〇分頃

(二) 場所 小倉北区魚町一―一―一七先交叉点

(三) 加害車両 普通乗用自動車(北九州五五め四七九九)

(四) 同運転者 被告

(五) 被害車両 普通乗用自動車(北九州五六と六七三七)

(六) 同運転者 原告原口幹博(以下「原告原口」という。)

(七) 同乗者 原告岩本武彦(以下「原告岩本」という。)

(八) 事故の態様 追突

(九) 障害の程度

(1) 原告原口

ア 障害の部位

頸部捻挫、腰部捻挫

イ 治療経過

はら整形外科医院に昭和六〇年八月七日から九月一三日まで入院(三八日間)、以降一〇月二三日まで通院(実日数一二日間)

(2) 原告岩本

ア 傷害の部位

頸部捻挫

イ 治療経過

はら整形外科医院に昭和六〇年八月七日から同月二四日まで入院(一八日間)、以降一〇月二三日まで通院(実日数二〇日間)

2(一)  被告は、加害車両を所有して自己のため運行の用に供していたものである(自賠法三条)。

(二)  後記3(一)(8)の物損については、被告の前方不注視の過失によるものである(民法七〇九条)。

3  原告らは、本件交通事故により次のとおり損害を被つた。

(一) 原告原口

(1) 治療費 七〇万二五二〇円

(2) 診断書料 八〇〇〇円

(3) 入院雑費 三万八〇〇〇円

入院日数三八日間に、一日当りの金額一〇〇〇円を乗じた額。

(4) 交通費 六万一六五〇円

通院のため要したタクシー代

(5) 休業損害 六一万九五三六円

原告原口は、日産自動車株式会社九州工場に勤務し、昭和六〇年四月二四万七〇七八円、五月二三万七九四七円、六月二一万〇九九七円の合計六九万六〇二二円の給与を得ていたが、前記事故以後入通院期間中八一日間休業を余儀なくされたのであるから、右給与の平均日額に右日数を乗じた額。

(6) 賞与減額損害 一一万三〇〇〇円

右休業によつて、冬期賞与について、右金額の減額を受けた。

(7) 慰藉料 五〇万円

(8) 物損 三万四八〇〇円

(9) 弁護士費用 二〇万円

(二) 原告岩本

(1) 治療費 三七万四二八〇円

(2) 入院雑費 一万八〇〇〇円

入院日数一八日間に、一日当りの金額一〇〇〇円を乗じた額。

(3) 休業損害 一八万三一三〇円

原告岩本は、大工見習として働き、昭和六〇年五月八万円、六月六万八〇〇〇円、七月六万円の給与を得ていたが、前記事故以後入通院期間中八一日間休業を余儀なくされたのであるから、右給与の平均日額に右日数を乗じた額。

(4) 慰藉料 三〇万円

(5) 弁護士費用 八万円

よつて、原告らは、被告に対し、損害賠償として原告原口は二二七万七五〇六円、原告岩本は九五万五四一〇円及び右各金員に対する事故発生の日以後の日であつて訴状送達の日の翌日である昭和六一年六月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、(一)から(八)は認める。(九)は否認する。本件追突事故は極めて軽微なもので、到底傷害の生じるものではない。

2  同2は認める。

3  同3は否認する。

第三証拠

訴訟記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1(一)から(八)まで及び同2は当事者間に争いがない。

同1(九)について判断する。原本の存在及び成立に争いのない乙第二、三号証、成立に争いがない乙第四、第九号証、証人原晃の証言、原告ら本人尋問の各結果によれば、原告らは本件事故後、頭痛、項背痛などを訴えて昭和六〇年八月五日、はら整形外科医院を受診し、原告ら主張の傷害の部位どおりの診断を受け、主張する治療経過を上廻わらない期間入通院治療を受けたことが認められる。

問題は原告らが、真実本件事故によつて受傷したか否か、換言すれば、本件事故と原告らの右治療との間に因果関係があるか否かである。まず、原告らの受傷の原因と考えられる被告運転の加害車両の追突による衝撃の有無程度について検討する。被告は追突の態様について交差点の停止線の手前二〇メートルの所で赤信号を認め、時速二〇キロメートルで進行していたのをブレーキを踏んで時速一〇キロメートルに減速して進行している時、脇見をして原告らの乗つている被害車両を一メートル手前で発見し、急ブレーキを踏んだが、右急ブレーキの衝撃もあつて被害車両に追突したかどうか分らない旨弁解するが、仮に加害車両の時速が一〇キロメートルとすればその停止までに要する距離は経験則上明らかなとおり空走距離(例えば〇・五秒でも一・三九メートル)、制動距離(乾燥アスフアルト面で約〇・七メートル)から考えて追突したことは明らかで、これに副う原告ら本人尋問の各結果は採用できる。次に、その程度については、成立に争いない甲第一号証、加害車両の写真であることに争いがない甲第二から第五号証まで被害車両の写真であることに争いがない甲第六から第九号証まで及び同乙第一一から第一五号証までによれば、加害車両の前部バンパーには全く損傷はなく、被害車両の後部バンパーも一見損傷は見られぬものの、子細に検分すると中央部が少し内側に曲損していることが認められ、このようなバンパーの損傷状況等から被害車両への実効衝突速度(対固定壁換算速度)を工学的に算出すると時速六・七キロメートルとなり、その衝撃加速度は約〇・九七Gとなる(鑑定人大慈彌雅弘の鑑定の結果)。もつとも成立に争いない甲第一〇号証、乙第一六から第一九号証までによれば加害車両、被害車両ともバンパーはいわゆるウレタンバンパーで、軽衝突時、又は時速五キロメートル以下の衝突の際にはその緩衝機能からバンパー自体が損傷しにくい構造になつているし、特に加害車両の前部バンパーは中央にもステーがあつてバンパーに損傷が生じる可能性が少い特性があり、それと異なるいわば衝突に弱い構造のスチールバンパーの場合の資料に基づく前記鑑定の推論も右の限度では多少問題があり、被害車両への実効衝突速度が鑑定の結果より若干上廻る可能性はある(例えば計算の基礎となつている加害車両の実効衝突速度(前記鑑定では時速三キロメートルを採用)を時速四キロメートルにすると時速八・九三キロメートル(約一・二九G)同時速五キロメートルにすると時速一一・一六キロメートル(約一・六一G)となる。)が、右速度が速くなればそれだけバンパーへの衝撃が強くなりウレタンバンパーであつても損傷を生じることになつて、本件のバンパー損傷状況と合致しなくなるので、結局、前記鑑定の結果は大筋においては採用できると解する。

そこで、以上のような衝撃が被害車両に加わつた場合に、同車両に乗車中の原告らに受傷が生ずるか否かを検討する。前掲甲第一〇号証、同原証言によれば一般には追突事故による頸部捻挫は頸部が生理的運動範囲(五〇から六〇度)を超えて後屈した場合に発症すると考えられているが、前掲甲第一〇号証、同鑑定の結果によれば本件事故において原告らが受けた衝撃加速度(約一Gから二G)では頸部に右のような過後屈が生じる可能性はなく、また、原告原口本人尋問の結果を待つまでもなく被害車両の運転席助手席には座席にヘツドレスト(被告岩本の供述にはこれが存しなかつたような部分があるが道路運送車両の保安基準(昭和二六年七月二八日運輸省令第六七号)二二条の四から考えてもこれは採用できない。)があつて頸部の過後屈を防止していることから考えると原告らに頸部捻挫(原告原口については更に腰部捻挫も)は生じなかつたとも考えられる。

しかしながら、頸部捻挫等の医学的解明は完全ではなく、自動車工学的な衝撃の大小で全ての事故による受傷を説明できないのが現実であつて(前掲甲第一〇号証でもほとんど車両に損傷がない事故による受傷で、他覚的所見を伴なつた後遺症認定のされた事例が報告されている。)、前掲原告ら尋問の各結果によれば原告らは本件事故直後から頭痛等頸部捻挫の典型的な症状を訴え、特に詐病と見られるような事情も存しないこと、前記鑑定の結果同原証言によれば人間の衝撃加速度に対する反応は必ずしも正確ではなく過大に反応する傾向にあり、それが心因的要素となつて頸部捻挫等が発症することもありうると考えられることから、原告らは本件事故によりその主張する障害を被つたと認定すべきである。

もつとも、前記認定の原告らの障害の程度、前掲乙第二から四まで、第九号証、同原証言、原告ら尋問の各結果により認められる原告らの診療の経過は前記認定のとおり本来頸部捻挫が発症しない程度の追突による衝撃を受けたにしては入通院期間が長期にわたつており、その診療の内容も他覚的所見の乏しい患者の主訴を全て信用し、原告らが希望して医師の許可を得た入院にしても頸椎用カラーを着装させ、湿布薬を付けるのを主体とする安静療法で果してそれだけの期間入院の必要があつたのか疑問があり(特に原告岩本は約一週間で症状が軽快したと自覚しているのに一八日間も入院を継続させている。)、本件事故と因果関係がある受傷の範囲は厳しく限定されるべきであつて、損害の公平な負担という面からも損害額を相当程度減額すべきである。

二  同3について判断する

1  同3(一)(1)(治療費)は前掲乙第四号証、同原告原口の尋問結果により金七〇万二五二〇円を下廻らないものと認める(なお、前掲原証言によれば、治療費のうちには原告原口の持病の胃薬分も含まれているが、治療費の請求が内金請求の形となつているのでその分の減額はしない。)。

同(一)(2)(診断書料)については、原告原口の尋問結果及びこれにより成立の認められる乙第二〇から第二四号証までによれば金七〇〇〇円(乙第二四号証に含まれている明細書料は前掲乙第四号証によれば金三〇〇〇円であるのでその分を控除した。)と認められる。

同(一)(3)(入院雑費)については前記一で認定したとおり原告原口が三八日間入院したことが認められ、入院雑費としては一日当り金八〇〇円が相当であり、合計金三万〇四〇〇円となる。

同(一)(4)(交通費)については前掲原告原口の尋問結果及びこれにより成立の認められる乙第五号証は存するが、原告原口の症状が通院にタクシーを要する程度と認めるに足りる証拠がないから損害とは認められない。

同(一)(5)(休業損害)については、前掲原告原口の尋問結果及びこれにより成立の認められる乙第六号証によれば、同原告主張の事実を認めることができ、休業損害は金六一万九五三六円が相当である。

同(一)(6)(賞与減額損害)については、前掲原告原口の尋問結果及びこれにより成立の認められる乙第七号証により金一一万三〇〇〇円と認められる。

同(一)(7)(慰藉料)については前記一で認定した原告原口の入通院期間から金五〇万円が相当である。

以上によれば、原告原口のいわゆる人損分の損害賠償額は合計金一九七万二四五六円となるが前記一で述べた事情から本件事故と因果関係のある損害としてはその四〇パーセントの金七八万八九八二円が相当である。

同(一)(8)(物損)については、前掲原告原口の尋問結果及びこれにより成立の認められる乙第八号証によれば金三万四八〇〇円であることが認められる。

同(一)(9)(弁護士費用)については、本件訴訟の難易、認容額等を総合して金八万円が相当である。

そうであれば、原告原口の総損害額は金九〇万三七八二円となる。

2  同3(二)(1)(治療費)については、前掲乙第九号証、同原告岩本の尋問結果によれば金三七万四一六〇円と認められる。

同(二)(2)(入院雑費)については、前記一で認定したとおり原告岩本が一八日間入院したことが認められ、入院雑費としては一日当り金八〇〇円が相当であり、合計金一万四四〇〇円となる。

同(二)(3)(休業損害)については前掲原告岩本の尋問結果及びこれにより成立の認められる乙第一〇号証によれば原告主張の事実を認めることができ、休業損害は金一八万三一三〇円が相当である。

同(二)(4)(慰藉料)については前記一で認定した原告岩本の入通院期間から金三〇万円が相当である。

以上によれば、原告岩本の損害賠償額は合計金八七万一六九〇円となるが、前記一で述べた事情から本件事故と因果関係のある損害としてはその五〇パーセントの金四三万五八四五円が相当である。

同(二)(5)(弁護士費用)については本件訴訟の難易、認容額等を総合して金四万円が相当である。

そうであれば、原告岩本の総損害額は金四七万五八四五円となる。

三  以上の次第であつて、原告らの本訴請求のうち原告原口については金九〇万三七八二円、同岩本については金四七万五八四五円及びこれらに対する本件不法行為の日以後の日である昭和六一年六月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 有吉一郎)

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